リハビリ・運動の中止基準とは?アンダーソン・土肥の基準と日本リハビリテーション医学会ガイドラインによる中止の判断目安

リハビリテーション・機能訓練・介護予防の運動で「これは続けていいのか、止めるべきか」と判断を迫られる場面は必ずあります。その判断の根拠となるのが「中止基準」です。一応血圧は測定しているけれど、「ちょっと高いですね、でもやっちゃいましょうか!」などと感覚的に判断すると専門職として不適切と判定されてしまうこともあります。
よく用いられている中止の判断は主に3つの場面に分かれます。
この記事では、この3段階の考え方の根拠となるアンダーソン・土肥の基準と、日本リハビリテーション医学会のガイドラインに基づく中止基準を整理します。
理学療法士・作業療法士・機能訓練指導員・看護師・介護職員など、リハビリや運動に関わる方のリスク管理の参考にしてください。
なぜ中止基準が必要か
リハビリテーションや機能訓練は、対象者の身体に一定の負荷をかけることで機能回復や維持を図るものです。しかし運動は、血圧・心拍数・呼吸・血中酸素飽和度(SpO2)などのバイタルサインに影響を与え、状態によっては心臓・脳・呼吸器への重大なリスクとなります。
特に高齢者・要介護者・障害のある方は、基礎疾患・服薬・体力低下などが重なっており、健常者と同じ基準では不十分な場合があります。中止基準を知っていることと、その場で判断できることは別物です。日常的に中止基準の意味を理解しておくことが、事故を防ぐための土台になります。
バイタルサインの正常値や意味についてはバイタルサイン(脈拍・SpO2・血圧・意識・呼吸・体温)の基準値もあわせてご参照ください。
アンダーソン・土肥の基準(3段階の中止基準)
「アンダーソン・土肥の基準」は、リハビリテーション医学の分野で長年にわたって使われてきた運動中止の共通認識です。3つの段階に分かれており、現場での判断の枠組みとして広く浸透しています。
Ⅰ.運動を行わない方がよい場合(開始前の中止基準)
以下のいずれかに該当する場合、その日のリハビリ・運動は開始しない判断をします。
Ⅱ.途中で運動を中止する場合(実施中の中止基準)
運動中に以下のいずれかが出現した場合は、直ちに運動を中止します。
Ⅲ.一時中止し、回復を待って再開する場合
以下の場合は運動を一時中止して安静にし、状態の回復を確認してから再開します。ただし回復しない場合は運動を終了します。
この基準は一般的な目安であり、高齢者・要介護者・基礎疾患のある方に対しては、よりリスクが高いことを前提に個人の状態に合わせた判断が必要です。
日本リハビリテーション医学会ガイドラインによる中止基準
日本リハビリテーション医学会は「リハビリテーション医療における安全管理・推進のためのガイドライン(案)」の第IV章でリハビリテーションの中止基準を定めています。最近は医療機関でも日本リハビリテーション医学会ガイドラインによる中止基準の方を採用して、リスク管理の一つとしているところが増えてきた印象です。日本の臨床現場・介護現場にも合っていて、判断しやすい基準になっていると思うのでこちらも紹介します。
1.積極的なリハを実施しない場合
2.途中でリハを中止する場合
3.いったんリハを中止し、回復を待って再開
4.その他の注意が必要な場合
以下の場合は直ちに中止というわけではありませんが、注意が必要な状態としてガイドラインに示されています。
アンダーソン・土肥の基準とガイドラインの比較で押さえるポイント
2つの基準を並べて読むといくつかの重要な違いが見えてきます。
ガイドラインには低血圧・徐脈の開始基準がある
アンダーソン・土肥の基準では高値側の基準のみですが、ガイドラインでは収縮期血圧70mmHg以下・安静時脈拍40拍/分以下という低値側の基準も明示されています。
ガイドラインには頻呼吸(30回/分以上)という数値基準がある
アンダーソン・土肥の基準では呼吸困難の「感覚」が中止基準ですが、ガイドラインでは「30回/分以上の頻呼吸」という数値基準が示されています。
SpO2の開始しない基準はガイドラインでは「90%以下」
ガイドラインには「安静時SpO2 90%以下」が積極的なリハを実施しない場合の基準として明記されています。
「その他の注意が必要な場合」はガイドライン独自の視点
血尿・喀痰増加・体重増加・倦怠感・食欲不振・下肢浮腫は、直ちに中止という基準ではありませんが、リハビリ実施前のアセスメントで見落としやすい項目です。「血圧が大丈夫だったから実施」というだけでなく、全身状態の変化を複合的に把握する視点として把握しておいた方が良いです。
中止基準はあくまでも目安 個別の判断が重要
アンダーソン・土肥の基準も日本リハビリテーション医学会のガイドラインも、あくまでも「一般的な目安」です。実際の現場では以下の点を踏まえた個別の判断が求められます。
機能訓練指導員の医師指示の要否については介護分野の機能訓練指導員のリハビリに医師の指示書は必要かもあわせてご参照ください。
中止基準を守らなかった場合のリスク
中止基準は単なる目安ではなく、専門学術団体が示したガイドライン上の基準です。仮に体調の急変や事故が起きた際、「その時点でバイタルサインはどうだったか」「中止基準に照らして判断したか」が必ず問われます。
民事上の責任(安全配慮義務違反)
介護・医療の専門職には、サービス提供にあたって利用者の安全に配慮する義務があります。中止基準に該当する状態を見落とした・無視した・記録していなかった場合、「やらせるべきでない運動をやらせた結果として損害が生じた」として損害賠償請求の対象となります。裁判では、専門職としてガイドラインを知っていたか、知っていれば中止できたかどうかが争点になる可能性があります。
刑事上の責任(業務上過失致死傷)
重篤な状態になった場合、刑事責任が問われることもあります。ニュースや裁判でも「業務として運動指導をしていた者が、注意義務を怠って相手を傷つけた」というような言い回しを聞くことがありますが、このように判断されれば業務上過失傷害・致死に当たる可能性があります。
行政処分(指定取消・業務停止)
運営基準には「サービスの提供にあたっては、利用者の心身の状況等に応じ、適切に行うこと」という規定があります。中止基準を無視した運動提供が常態化していた場合、運営指導・監査で安全管理体制の不備として指摘を受け、業務改善命令・減算・最悪の場合は指定取消の対象になる可能性があります。
「知らなかった」は通用しない
理学療法士・作業療法士は国家資格者として、アンダーソン・土肥の基準や、学会ガイドラインを知っているべきとみなされてしまいます。機能訓練指導員(柔道整復師・あん摩マッサージ師等)も、機能訓練という業務を担う以上、運動時の安全管理の一般的な知識は求められます。介護職員も、担当利用者の状態変化を観察する義務があり、明らかな異常に気づかなかった・報告しなかったは責任を問われる場合があります。
中止基準を知っておくことは、利用者を守るためだけでなく、現場で働く職員自身を守るためでもあります。「記録に残す」「医師・看護師に相談・報告する」「事前に高リスク者については主治医から指示をもらう」という日常的な積み重ねが、いざというときの根拠になります。
まとめ 中止すべき場面を3段階で整理
| 場面 | 主な判断基準(例) |
|---|---|
| 開始しない(Ⅰ) | 安静時脈拍120以上、収縮期血圧200以上、拡張期血圧120以上、動悸・息切れあり、労作性狭心症、心筋梗塞1か月以内、発熱38℃以上 |
| 直ちに中止(Ⅱ) | 脈拍140超、期外収縮10個/分以上または頻脈性不整脈、収縮期血圧40mmHg以上上昇・拡張期血圧20mmHg以上上昇、中等度の呼吸困難・めまい・嘔気・胸痛、SpO2急低下・90%未満 |
| 一時中止・様子観察(Ⅲ) | 脈拍120超、脈拍が運動時30%超増加(2分安静で回復しなければ終了)、期外収縮10個/分以下、軽い動悸・息切れ |
運動強度の目安となるカルボーネン法・目標心拍数の計算方法・メッツについてはリハビリ・機能訓練の運動強度と目標心拍数の求め方をご参照ください。高齢者に適切な運動の内容・時間・頻度については高齢者に適切な運動方法もあわせてご参照ください。
介護現場で機能訓練の実施をするか中止にするかの判断の実務的なところについてはこちらの記事が参考になると思います。



