福祉という言葉は、非常にわかりにくいです。
障害者を助けることが福祉なのか、お年寄りを相手にすることが福祉なのか、弱者の生活を補うことが福祉なのか・・・。
その漢字の意味の難しさ、福祉という言葉が用いられるいろいろな場面があり、様々な解釈が存在します。
福祉分野だと言われる自分でも、本当の福祉とは何なのだろうと常に疑問を持ちながら、本当の福祉を探っているという状態です。
ということで、福祉の定義についてはそれぞれが考えて目指していくもので、正解はなく、間違いもないという抽象的なものになっているのかもしれません。

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福祉(ふくし)とは、「しあわせ」や「ゆたかさ」を意味する言葉

幸せって言葉はあいまいで非常に難しいですよね。
「福祉と何でしょうか?」と聞くと、「ゆたか」とか「しあわせ」という言葉に置き換えられます。
社会福祉というと、自然と乳幼児や高齢者・障害者への補助支援や介助などに焦点が当てられてしまうが、なにか違和感があります。
「福祉は障害者や弱者のためのもの」というと、差別的な言葉になってしまいます。
結果的に社会参加するうえで障壁になりやすいものがある人が福祉サービスの対象になることは確かなのですが、福祉というものは「誰でも」「困ったときに」という平等が根底に無いとなりません。

福祉の「福」は幸せ

福は一般的にも使われる言葉で、幸せという感情的な意味と、物理的に恵まれた幸せの両方が含まれていると思います。
人類が進歩してきたなかで発明されたり発見されたりして、その時代に適する形でどの時代も提供されてきて幸せの材料はいろいろあります。たとえば、電車・車・飲食店・学校などのインフラやサービス、職業、文化や娯楽、社交などいろいろな文化の恩恵がありますよね。

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福祉の「祉」は、神の恵みを示しとどめる

福祉の「祉」を漢字辞典で調べると「神の恵み」というような意味がでてくる。
左側の示す辺(しめすへん)の意味合いに天や神事の関連とそれらを人に示すことが含まれています。
ここで、神が出てきてしまいますが、神から与えられたものを、つくりの方は止めている(留めている)という点がおもしろいですね。

行政福祉サービスと民間福祉事業

福祉を考えるとき、福祉は福祉業界でという風潮が今もありますが、一般の社会に何の障害もなく出ていき関わっていけることが福祉です。福祉の根底には、与えられた権利・自由・人・物・心などの幸せの材料が、しっかりと全員にとどまることを考えなければなりません。

買い物をすることを考える

行動範囲が狭くなる→お店を選択するときの選択肢が減る

行政的な福祉

行政的な面では、買い物に行くための動線として、住宅とその周辺をどんな人でも通行できるようにすることなどがあります。現時点ではバリアフリー化ということになりますが、今後はユニバーサルデザインという概念のもと、設計時点で誰でも利用しやすい構造にすることが望まれます。
また、実際の外出にあたっては準備や同行の援助という意味での障害福祉サービスもあります。
立法行政含めて、店舗側にバリアフリートイレや、エレベーターを設置するなどの指導が行われています。

民間的な福祉の関わり

行政の努力だけでは福祉の課題を解決することは困難で、社会的なニーズに応えて企業や店舗も障害者等が利用することを考えた対応をすることが必要になります。
例えば、国土交通省のバリアフリー整備ガイドラインバリアフリー・ユニバーサルデザイン施策のページなどで、高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法)についての、主にハード面の具体的な施策や実践方法を確認できます。
企業や商店では、直接身体障害等をもつ方に接するため、これらの方への理解を深めて不自由が少なく買い物や社会進出をしてもらえるように声をかけたり、役立ちそうな情報を把握して老いたりということが福祉的にも有効だと思います。

医療・介護分野と行政だけで福祉を考えてもその場しのぎ

もうじき、政府よりも企業が力を持つ時代が来ます。行政と同じくらいに企業も顧客の個人情報を把握し、衣食住なんでも企業を通して決済出来、企業独自の仮想通貨やポイントサービスで商取引なども行えるようになってきました。
企業が行政機関より多くのお金を動かしており、支出の大半を1企業に支払って福利厚生的にいろいろなサポートをしてもらうような形もあります。これらに該当しない故に行政の福祉サービスが存在するという面もありますが、企業の戦略と行政の施策の間で差が減ることは少し怖い部分でもあります。

介護保険や補助金前提で生活を組み立てることは福祉ではない

福祉について考えるとき、介護分野のケアマネージャーなどは、まず初めに介護サービスの利用のことから生活基盤を組み立てるケースに多く出会います。
世の中にはいろいろなサービスやインフラがあり、その人にも個性や趣味嗜好いろいろな要素がありますが、なぜか介護サービスを目の前のテーブルに並べて選択させます。

介護サービスは要介護者だけしか使えない差別的サービス

介護サービスは、要介護等の認定がついた人しか原則利用できない差別的サービスです。誤解を招くかもしれませんが、「○○な人しか利用できない」=他と区別されたものという意味で差別ということです。
もちろん福祉サービスというのは経済的に利用しやすいですが、その方の人生観を理解したうえで現実的に利用できるかわからなくてもその他の選択肢も目の前に並べることは大切です。

生活における幸せの比率はひとそれぞれ

自分の生活を見てみても、仕事という要素が生活の多くを占めたとしても、その仕事は家族のためや楽しみのために行っているもので、仕事が生活の中心ではありません。
障害があったとしても、身の回りの世話をしてもらうことが生きる目的でなく、本当はその先に希望があります。

生活基盤の構築が福祉の時代は終わり

日本の現状をみれば、海外の難民のように衣食住が全く揃わないというような状況は脱しました。
文化的な生活まで水準が高まってきた中で、生活保障のみが福祉という時代ではなくなってきているように感じます。
ソーシャルワーカーやケアマネージャーとして、できるだけその人にとって価値の高い幸せにつながるようなものが近くにあるような生活に近づけていきたいですね。

生活の質、人生の考え方について詳しくはICFの記事で

社会に目をやり、何が社会から求められているのか

もし、自分の組織だけでそれが生み出せないのならば、自分たちの領域や、他の領域と協力・協働して、社会から必要とされている商品やサービスを創造していく方向に向かうと思います。
いろいろ考えてみると、過去の人類の変化や文化においても、このように連携や協働で幸せや繁栄を求めて創造を繰り返してきています。

生きる上での選択肢と幸せの材料が身近にあることが福祉

福祉サービスで幸せは手に入れられませんが、幸せの材料は手に入れられます。
多くの選択肢から本人が選択したものが、個性を産み、その人らしさの表現にもなるからです。
現代の日本における福祉では、個々の分野が独立して何かをしていても「本当の福祉」には繋がりにくいと思います。
特に医療福祉介護分野は、健康やADLだけを支えても幸せにはなりません。
生活に必須のことが確保されて安心したうえで、周囲から承認されたり、自分を表現したり、楽しんだりということに進めます。
あらゆる問題も、そのことだけ取り出してどうこうしてもみんなつながっているのでうまくいかない物なのだと思います。
これからはコラボレーションで、すべての人にたくさんの選択肢をということが福祉のヒントかもしれません。

福祉は「幸せの材料がいろいろあり、それがみんなのそばにあること」

この記事では福祉についてかなり脱線しながら考えてきました。
タイトルはこどもに福祉をどう伝えるかだったことを忘れていました。
漢字の意味や事例など、3000字以上にわたりいろいろ考えてきましたが結論としては、「幸せの材料がいろいろあり、それがみんなのそばにあること」を私たちの福祉の伝え方にしたいと思います。
健常で裕福ならば世の中にあふれている幸せのための材料をささっと出向いてゲットできますが、あらゆる理由で幸せの材料が自分の周りをスルーしていってしまう状態のとき、福祉が発動します。
こう考えると、弱者を守るというよりも、「幸せの材料にたどりにくそうだから、そばにいけるように考えよう!」という建設的なマインドになります。結果的に、全員が幸せの材料にたどり着きやすい社会が出来上がり、ユニバーサルデザインな世界に変わっていくと思います。

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