日本は「人種のるつぼ」や「サラダボウル」になるのか

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社会の教科書に「アメリカは人種のるつぼ(サラダボウル)と言われます」と書かれていたのを覚えていますか?
日本は今、確実に大きな転換点に立たされています。
駅やコンビニ、スーパーマーケット、飲食店、建設現場や介護施設など、日常生活のあらゆる場面で外国人の姿を見ることが当たり前になりました。東京都内だけでなく、愛知県や大阪府などの都市部では、すでに「外国人がいること自体」は珍しい光景ではありません。地方都市でも、日本語を話していない外国人が、スーパーマーケットで大声でスマホで話したりしながら買い物している場面などに出くわすことも多々あります。
表向きは「外国人労働者の受け入れ」とされていますが、実態としては定住を前提とした移民に近い形になりつつあるケースも増えています。こうした状況を見ていると、「日本はこの先、人種のるつぼやサラダボウルのような社会になるのか」と考えてしまいます。
人種のるつぼとサラダボウルの違い
かつて19世紀から20世紀にかけてのアメリカは「人種のるつぼ(メルティングポット)」と呼ばれていました。これは、さまざまな人種や文化が混ざり合い、最終的には一つの新しいアメリカ文化に溶け合っていくという考え方です。ちなみに、るつぼというのは、材料を入れて加熱して溶かしていく時に使う容器です。そのため、るつぼはプラチナや石英などの固くて熱に強い素材で作られています。


一方で「サラダボウル」という表現は、各人種や文化が混ざり合いながらも、それぞれの違いを保ったまま共存する社会像を指します。それぞれの素材(人種)の色を残しながら、ドレッシングやマヨネーズで微妙につながっているという感じでしょうかね。人種のるつぼでは溶け合って新しいものになってしまうので、もうそれぞれの人種の違いなどはほとんど実感がなくなってしまいそうですが、サラダボウル状態では「トマトは嫌い」とかそういう感覚は残りそうですね。オランダなどでは、今でもこの感覚を実体験として語る人もいます。
どちらも一見すると多様性を尊重する先進的な概念のように語られてきました。
しかし近年、アメリカでは不法移民の問題や治安悪化、社会分断が深刻化し、「多種多様な人種が混在することは、本当に国家にとって良いことなのか」という疑問が公然と語られるようになっています。
日本は本当に「多文化共生」に向いているのか
日本は、宗教的にも文化的にも、外国人に対して比較的受容的な国だと思います。
特定の宗教を強く押し付けることもなく、日常生活のルールも明文化されていない「空気」や「暗黙の了解」によって成り立ってきました。
その一方で、外国人側が日本の文化や生活習慣を十分に理解しないまま生活を始め、身勝手な行動が目立つ場面も増えています。ゴミ出しのルール、騒音、公共の場でのマナーなど、細かいことの積み重ねが地域の不満や摩擦につながっているのが現実です。そのような中でも、かつての日本人ならば、日本の集患に合わない外国人には、「こうやるんだよ」と何かしらの形で教えたり、場合によっては少し仲間外れのようにして大切さをわかってもらったりしてきたのだと思います。今はそんなことをしたら「人種差別だ!」と、外国人本人からだけでなく、人権を大切にしたいと訴えている団体などからも必要以上の批判が行われるので、話し合いや意見を交わすことも難しくなってきました。
これは決して「外国人が悪い」という単純な話ではなく、日本社会が「合わせること」を前提に成り立っているという特性と、価値観の異なる人が急激に増えていることとのミスマッチだと感じます。さらにそこに、弱者を守ること、人権や差別について訴えることが仕事のようになっている人たちの存在もあり、話し合いや相互理解がしにくく、対立させられる状況になっていることも重なります。
福祉制度と多文化の現実的な問題
介護や福祉の分野に目を向けると、この問題はさらに複雑になります。
日本の福祉制度は、国民皆保険や介護保険制度を基盤として、「一定の価値観や生活水準を共有していること」を暗黙の前提として作られてきました。
文化や家族観、老いの捉え方が大きく異なる人たちが増えた場合、制度そのものをどこまで調整すべきなのかという問題が必ず出てきます。さらに、近年は本当に政治的な面で「弱者」や「少数派(マイノリティ)」に力を持たせるための補助金や支援策が活発で、大多数である日本人への分配よりも、弱者として区分された人の方が良い処遇になるという逆転現象もSNS上などでは不満の声も上がっています。
制度を柔軟にしすぎれば、日本人が長年かけて築いてきた福祉の公平性や持続性が損なわれる可能性もあります。
日本は「外国人や異文化を受け入れてこなかった国」ではない
誤解されがちですが、考えてみれば日本は決して閉鎖的な国ではありません。
日本の成り立ちを振り返れば、大陸からの技術や思想を受け入れ、それを日本なりに再解釈し、再構築してきた歴史があります。
一方で、行き過ぎそうになった時には鎖国という選択をし、外からの影響を一度リセットすることでバランスを取ってきました。完全な排除でも、無制限な受容でもなく、「調整」を重ねてきたのが日本という国だと思います。
日本として成り立つ「限界」はどこにあるのか
個人的な意見として、日本はどこまで多様な文化を受け入れても「日本」でいられるのかを、そろそろ真剣に考える段階に来ていると感じます。
すべての文化や価値観を無条件に受け入れ、制度を次々に書き換えていけば、それはもはや日本ではなく、別の何かになってしまう可能性があります。多様性を尊重することと、自国の文化や秩序を守ることは、本来は両立させなければならないはずです。
多様性よりも「共通理解」を
人種のるつぼやサラダボウルという言葉は、かつては理想を語るための言葉でした。しかし現実は、理想だけでは回らないということを、私たちは他国の例から学びつつあります。
日本がこれから進むべき道は、単なる多文化化ではなく、「日本の文化や生活を理解し、尊重すること」を前提とした共生ではないでしょうか。介護や福祉の現場にいるからこそ、制度と文化の微妙なバランスがいかに重要かを、日々実感しています。
日本はこれからどんな国になるのか。
その問いに向き合うこと自体が、すでに避けられない課題になっていると感じています。








