介護施設・老人ホームが刑務所みたいだと言われる原因と対策
 

介護施設での生活が刑務所の生活みたいだということをたまに耳にすることがあります。しかし、介護施設では自由がありますが、刑務所の生活には自由はありません。

介護施設に入所しても、刑務所のように自由を禁止しているわけではないはずですが、「介護施設がしてくれないから」「ほかの入所者も我慢しているから」自由にできないという生活になっています。刑務所の生活を経験したことはありませんが、一般に知られている刑務所の生活の特徴と、介護施設の生活の特徴を紹介した上で、どんな理由で自由がない刑務所のような生活だと思われてしまっているのか考えてみたいと思います。

また、介護施設に入所すると自由が制限されてしまっていると思われてしまう原因から、その課題を解決するために介護施設や福祉業界で行える対策方法を考えてみます。

長文となりますが、私自身が理学療法士というリハビリテーション職から、施設や老人ホーム運営を志したきっかけがこの高齢者の自由問題でした。

実際に介護施設運営に携わる中で非常に難しい課題だと感じつつも、何とか要介護者でも自由な生活を送れるように変えていきたい社会課題の一つであり、介護業界に関わる方に一緒に考えてみていただきたいです。

介護施設・老人ホームが刑務所に似ている? 介護保険施設の歴史

介護施設や老人ホームなどは、要介護状態や健康に不安のある方が入居する場所です。介護保険制度ができてから早20年。介護施設というのは介護保険制度ができる前にも需要があり、自治体等が措置をして介護が必要な方などを施設でみていました。

介護保険ができるとき、介護保険の制度の前提として、要介護者でもその人も能力に応じて自立・自己選択をして生活ができることを目指しています。しかし、施設という空間で、毎日たくさんの入所者が生活を送るなかで、効率的なタイムスケジュールや画一化された介護を提供するように最適化する動きは当然起きました。

どんな業界でもそうですが、一人一人の要望や希望を受け入れてサービスを提供することは理想ですが、たくさんの人を対象に提供するときにはみんなに共通する部分をパッケージのように提供することで生産性と効率も追いつつ平等に提供をするようになります。

介護という業種は生活全体がサービス対象なので、施設入所者みんなに対して、朝昼晩の食事・口腔ケア・排泄・入浴・更衣・体操・余暇活動などを支援しています。刑務所かどうかは別にして、上記の多くに集団生活特有の時間的な縛りがあり、介護職員の介入があるので似たような生活にはなるんですよね。

どんなところで生活していても、毎日生活リズムが激変している人は少ないですし、むしろ同じような生活している人の方が多いです。外出できたり、買い物したり、趣味をしたりという自由が施設では制限される部分はありますが、それを支援してくれる親族にお願いしたり、外出支援などの専門サービスを利用すればできないことはありません。

刑務所にいる場合には、仮にお金を払っても外出したりすることは困難です。毎日同じような生活であることと、職員が見回っていて自由が無いようなイメージであることが刑務所だとか、牢屋生活だと言われる理由ではないかと思います。

刑務所や拘置所の特徴

介護施設のことを、「刑務所のようだ」と例えられることについて、刑務所や拘置所の生活や施設の構造はどんなものなのか少し考えてみたいと思います。

刑務所の生活

刑務所の生活は、常に監視があり、行動すべてに許可が必要です。

  • 06:50 起床、洗面、人員点検
  • 07:10 朝食 作業場へ
  • 08:00 刑務作業開始 作業中に面会や運動、診察が行われることもある。
  • 12:00 昼食時間
  • 16:40 刑務作業終了 作業終了後 入浴(週2回程度、1回15分程度)
  • 17:00 夕食
  • 17:00〜21:00 仮就寝(自由時間)
  • 21:00 就寝

刑務所の施設の特徴

刑務所に入ることになると、いわゆる囚人になります。刑務所により、いろいろ特徴は違うようですが、一般的に刑務所には以下のような特徴があるといわれます。

  • シャバを遮断するようにそびえ立つ高い塀がある
  • 怖い刑務官たちが見張っている
  • 「良い姿勢で歩け」「肘を伸ばせ」「ちゃんと整列しろ」など命令される
  • 時間の管理が厳しい
  • 刑務作業中、少しでもよそ見したら怒られる
  • トイレなど何をするにも刑務官の許可が必要
  • 豪華ではないがバランスの取れた食事は提供される(お菓子などはほぼ出ない)
  • 入浴は冬で週2回、夏で週3回、制限時間は15分程度

介護施設と刑務所の生活様式は似ている部分はあるが…

刑務所や拘置所の生活や特徴について見てみると、確かに似ている部分も多いということは分かります。しかし、介護施設に入所しないとならない人は見守りや支えが必要であり、集団的な生活の中で、全てに対して自由な生活が送れるわけではありません。世の中の動きとしては、出来る限り身体拘束をしないことや、入所者の人権や尊厳・プライバシーを尊重することが大切であると意識されてきています。

介護施設が刑務所のようだと思われてしまう原因

介護施設が刑務所のようになっているというわけではないと私は考えています。

刑務所のようだと思われてしまう原因は、「介護施設に入所しても、自由な意思で活動できる雰囲気と制度をうまく作り出せていない」ことに集約されるのではないかと私は考えており、今後少しずつ変えていかなくてはならないと感じています。時間に追われ業務に当たる施設職員が刑務官のような態度になりやすいという施設の仕組みもあるので、これも留意しないとなりません。

介護施設での自由と責任の問題

好意の互恵性(好意の返報性)で上手な人間関係

介護施設や老人ホームの中で、時間的にも、精神的にも、身体的にも、できるだけ自由に過ごしていただきたいという気持ちは働いている人や運営している人の心に持っています。
介護の仕事をしている人は、初心に返ると「入所している○○様から○○したいと希望があったので支援しました」ということがあり、トラブルや上司に注意された経験があると思います。好きなものを好きな時に食べることや、好きなものを買いたいなど、生きていればいろいろな楽しみがありますし、介護施設で働く初心者のときには普通のこれらの希望を叶えようという気持ちになります。

しかし、介護施設で生活を余儀なくされた方は、体のことなど健常な人よりもコントロールが難しいという特徴があります。近年、入所中の事故について、介護の仕事をしている人や施設が責任を追及されるケースが多くあります。たとえ本人の希望でも、支援計画で予定していないことや、健康や安全に問題が生じる可能性があることを支援してしまうと、それは支援した職員の責任として追及されることもあります

本人の自由行動と介護事故の責任・損害賠償の問題

理想の介護は「ご本人の希望に沿った生活」ですが、他人の希望を叶えるためにお手伝いしてトラブルが起きると、希望した本人の責任はまったくなく、職員だけが責任を負う形になることが非常に多いです。介護施設側としては、入所者に危険が及ぶことや想定外の事故を再発させないよう対策を積み上げていきます。

いろいろなことに事故対策としてのコールや許可などが必要となり見張られているようだと思われてしまっているとしたら、本人の希望したことを叶えたり自由な行動に関与しないことについて、介護施設側が過度に責任追及されることがないという前提が必要です。

自由にすると事故や離設、その他様々なトラブルが起きやすくなるのは当然であり、トラブルが起きた時に法的なトラブルや損害賠償問題に容易に発展する状態だと、自由な環境を介護施設で作り出すということはなかなかできません。

このような運営リスクを理解したうえで、社会課題を打破すべく、施設のコンセプトとして「自由な生活」「高齢者は転ぶのが当たり前」「好きなことをして生きるのと安全だけどつまらない最期を迎えるのとどちらがいいですか!?」という問いかけをして、覚悟を持って取り組んでいる施設もあります。

このような体制で運営していて本人や近い親族が納得していても、想定できていた事故や逝去が起きた時にいままで無関与だった親族が出てきて業務上過失だと訴えるようなこともあるなど、本当に深い闇課題があります

介護施設の職員が偉そうで刑務官のような態度に感じられるケースがある

今まで述べてきたような理由や、限られた職員で全員に公平に支援を提供するために、施設側としてもスケジュールや分担があります。毎日の生活は毎日連続的に訪れるので、「遅くなっちゃったから昼食抜きでいいや」など変更できるものではなく、入所者に滞りなく提供しなければならないという状況です。状況次第では、利用者が希望したときにすぐに提供できない(利用者からすると自由にできない)、今別の介助中なのでお待ちください(利用者からすると待たされてイライラ)。

職員が慌てていたり、連続で要望のコール連絡が来たりすると口調が強くなったりしてしてしまうこともあります。介護職員も人なのでかかったプレッシャーを態度に出さずすべてやりきるということは難しいですし精神衛生上もよくありません。チームで施設運営をしている中で、特定の職員に余裕がない状態を作らないことや、職員が利用者に対して強い態度でいることが当たり前にならないよう運営することも大きな課題です。

介護施設での外出・趣味活動などが自由にできないと思われている問題

介護施設が刑務所のようだと思われてしまう原因として、自由に外出や趣味などをできない「と思われている」問題があります

介護施設は生活の場であり、日常的な生活に必要なことは提供されますが、それ以上のことをするときには介護職員にすべて頼ることはちょっと違います。介護施設でもできるだけ変化や季節感のある生活を提供するために行事をしたり、外出したり工夫しています。

介護施設では外出できないと思われているということが問題であり、実際には介護施設に入所していも、旅行にも行けますし、買い物だって行けます。

自由にできるのに「介護施設がしてくれないからできない」という状態になっている

もし、外出に付き添いや介助が必要ならば、外出を支援するサービスも出てきていますし、介護旅行業者なども増えてきています。

介護施設は生活上のであり、本人が自由にすることを禁止しているわけではないことを知ってもらうことがまず大切だと思います。(健康上などいろいろな理由で外出に協議が必要な場合はあります)

その上で、『介護施設職員は生活上の介護をすることがメインで人数的にもできることも限られてて、外出したりひとりひとりの趣味や楽しみの支援をきめ細かくはできないので、自由なことをするときにはご家族や支援サービスを利用していただく必要がある』ことを説明することが不足していると感じます。

このように、要介護者の自由な活動を支援するサービスがあることを周知することや、サービスを円滑に利用できる相談環境を整備していくことが、今の介護保険制度の中で開かれた介護施設に近づく道筋ではないかと思います。

介護業界で働いていても「私にはこの利用者の希望を叶えることはできない」という視野になってしまっており、「世の中にはニーズに応える仕組みがあり連携で解決できるかもしれない」という視点が持ちにくいです

現在、訪問介護などの在宅介護分野では、混合介護(選択的介護・介護保険サービスと保険外サービスの組み合わせ)などの議論が進み、実現しつつあります。

介護施設でも同じように、自由な生活・生活のバリエーションを拡大するために、混合介護の考え方や、自費サービスの併用がしやすい環境整備が必要です。

刑務所も老人ホーム化している

介護施設が刑務所だと囁かれている反面、法令に違反し、裁判の結果、刑罰に服することとなった者を収監する刑事施設である本当の刑務所も収監された人の高齢化が進んでいます。刑罰のために刑務所に収監されているとはいえ、人権は守られなければならないという観点があります。例えば要介護状態や摂食・嚥下機能が低下していたりして普通の食事が食べられない場合には、刑務所でも受刑者が栄養摂取や食事の嗜みができるようにペースト食などの食形態が提供されたり、レクリエーションの時間があったりします。高齢の受刑者が入浴することに配慮して手すりなどが備わっています。そういう点では、かつての人権を無視して牢屋に閉じ込めておいたりした刑務所とは違い、刑務所が人権に配慮した生活様式・管理体制になってきているといえそうです。それゆえに、自ら刑務所で生活をつなぐために犯罪をし、刑務所生活に志願するような高齢者もいるとささやかれているようです。

参考記事務所、まるで介護施設に | 特集記事 | NHK政治マガジン(2019年8月21日)