エスカレーター歩行禁止、本当にマナー向上・事故が原因?実態調査・効果検証なく条例運用される危険性

エスカレーター歩行禁止、本当にマナー向上・事故が原因?実態調査・効果検証なく条例運用される危険性

この記事はプロモーションが含まれます。

広告

近年、日本各地でエスカレーターの歩行を禁止する動きが広がっています。埼玉県は2021年に全国初の条例を制定し、名古屋市も2023年に続きました。推進側が掲げる理由は「転倒事故の防止」と「障害者・高齢者への配慮」の2点です。

しかし、そもそもエスカレーターでの歩行が事故の主な原因なのかどうか、データを見るとずいぶん違う実態が見えてきます。また、「エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」が本当に事故を減らせているのかどうかも、検証が追いついていないどころか、実際に事故が減ったのかなどを調査すらしていないのが現状です。そもそも、埼玉県などでは、埼玉県内でどれくらいのエスカレーター事故が発生しているのか実態を調査せずに、雰囲気で条例制定にまで踏み切った経緯もあります。

介護福祉のサイトなので、本来は福祉的な視点に立って伝える立場ではありますが、この条例の制定経緯やその後に事故が減るなどの効果があったのかなど検証がなされないまま反論しにくい雰囲気の中で条例の運用が行われていることが危険だと感じるため、この記事では、実際の事故データや条例の経緯、国際的な動向などをもとに、エスカレーター歩行禁止をめぐる議論などを整理します。

エスカレーター「片側空け」の歴史と起源

まず押さえておきたいのは、エスカレーターで急ぐ人のために片側を空けるという習慣がどこから来たのかという点です。

エスカレーターでの片側空け・片側歩行の起源は第二次世界大戦中の英国・ロンドン地下鉄にまで遡るとされています。戦時体制下で社会全体の効率向上が求められた時期に生まれたマナーです。

日本での始まりは1967年、阪急電鉄の梅田駅でエスカレーターが長くなった際に「急ぐ人のために片側を空けてください」というアナウンスが行われたのが最初とされます。さらに1970年の大阪万博を機に、多くの外国人観客に対応するため「国際標準」として定着した、という説が有力です。その後1980〜90年代にかけて、東京をはじめ全国に普及しました。

つまり片側空けは、もともと「急いでいる人への配慮」として鉄道会社自身が奨励した習慣です。それが数十年にわたって定着した結果、今度は同じ鉄道会社や行政が「やめろ」と言い始めたわけです。

広告

歩行禁止を推進している組織・団体

現在、エスカレーターでの歩行禁止・両側での立ち止まりを推進しているのは主に以下の組織・団体です。

条例を制定した自治体としては、埼玉県(2021年10月施行・全国初)と名古屋市(2023年10月施行・政令市初)があります。いずれも罰則はなく努力義務にとどまります。

公的機関・業界団体としては、消費者庁・国民生活センターが「エスカレーターの安全基準は立ち止まって利用することを前提にしている」として注意喚起しています。日本エレベーター協会は全国の鉄道事業者と共同で「歩かず立ち止まろうキャンペーン」を展開しています。首都圏の九都県市(埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県・横浜市・川崎市・千葉市・さいたま市・相模原市)も共同キャンペーンを実施してきました。
エレベーター・エスカレーターメーカー各社も、構造上の設計前提として立ち止まっての利用を推奨しています。

また、障害者支援団体・人権団体から、片麻痺など体の一方しか機能しない人が片側に立てない問題が指摘されており、この主張が条例推進の重要な根拠の一つになっています。

広告

実際の事故データが示す「本当の原因」

推進側の主要な論拠である「歩行が転倒事故を多発させている」という主張は、実際のデータと照らし合わせると疑問が生じます。
一般社団法人日本エレベーター協会は1980年から5年ごとに「エスカレーターにおける利用者災害の調査報告」を実施しています。最新の第10回調査(2023〜2024年・2025年公表)では2,060件の災害発生件数が報告されています。

エスカレーターの事故原因別の内訳

第10回調査の原因別データを見ると以下のとおりです。

原因件数
その他(衣類の挟まれが主)666件(約32%)
乗り方不良484件(約23%)
乗り損ない/降り損ない316件(約15%)
履物(サンダル・靴ひも等の挟まれ)217件(約11%)
酔っ払い144件(約7%)
キャリーバッグ110件(約5%)

最も件数が多いのは「その他」(666件)で、主因はロングスカートの流行による衣類の挟まれです。調査を実施した日本エレベーター協会自身が、「調査期間中にロングスカートが流行したことが大きく影響した」と明記しています。

「乗り損ない/降り損ない」(316件)は、高齢者がエスカレーターの乗り口・降り口でバランスを崩す事故が中心です。杖や歩行補助器を使用した乗降も含まれます。

「歩行」に直接対応する件数は?

「歩行が原因の事故」に最も近い区分は「乗り方不良」(484件)ですが、この中には「手すりを持たない」「踏段の黄色い線から足をはみ出す」「ながらスマホ」「逆走」なども含まれています。「踏段上を歩行する」は乗り方不良の一例として列挙されているにすぎず、歩行単独による事故件数は明示されていません。

少なくともこのデータからは、「エスカレーターでの歩行が事故を多発させている主因」とは言えません。事故の実態は、衣類の挟まれ、高齢者の乗降時の転倒、履物の問題、泥酔者、キャリーバッグなどが主要因です。

広告

「歩行が事故の主因」という主張の問題点

推進側が引用するデータにも疑問点があります。

埼玉県条例や名古屋市条例の制定にあたって根拠として用いられたのは、日本エレベーター協会の第9回調査(2018〜2019年)における「乗り方不良が全体1,550件のうち805件」という数字です。しかしこの「乗り方不良805件」のなかに歩行以外の多数の行為が含まれることは先述のとおりです。

また、「エスカレーターは立ち止まって乗ることを前提に設計されている」という構造上の主張についても、「片側空けが機械の故障や深刻な事故につながった事例は聞いたことがない」という専門家の声もあり、「設計前提」論がただちに「歩行禁止」の根拠になるかどうかは別問題です。

広告

埼玉県の条例はどのように生まれたか

全国初のエスカレーター歩行禁止条例である埼玉県条例は、2021年2月定例会に自民党県議団が提案し、3月26日の本会議で可決・成立しました。施行は同年10月です。

議会審議での根拠データ

提案者を代表した自民党の県議は、「エスカレーターを歩く人のために片側を空けることが慣例になっているが歩行は非常に危険。社会に定着した人々の行動を変えるには、より強いメッセージの発信が必要」と説明しました。

このとき議会で示された根拠は「日本エレベーター協会によると2018〜2019年の2年間のエスカレーター事故は全国1,550件、うち963件(62.1%)が転倒」という全国データのみでした。埼玉県内の事故件数は審議の段階でも提示されていません。

各会派の対応

3月8日の総務県民生活委員会での審議では、県民会議(第3会派)が「罰則規定がないとはいえ、条例で義務化するのは県民にとって唐突ではないか。義務化の前に努力義務として投げかけるべき」として修正案を提出しましたが、賛成少数で否決されました。

民主フォーラム(第2会派)は原案・修正案ともに賛成し、「止まって乗っている人が嫌がらせを受けたというニュースを見たことがある。安心して条例を守れるよう周知が必要」と述べました。

結果として、条例そのものへの正面からの反対意見はほぼ出ないまま可決されています。

審議から見えてくる問題の構造

この審議経緯で注目すべきは以下の点です。

根拠が全国データのみであったという点です。埼玉県は日本エレベーター協会の全国集計データを根拠として条例を提案しましたが、日本エレベーター協会は都道府県別の事故件数を公表していません。つまり埼玉県内でどれだけ事故が起きているかを把握しないまま条例が生まれたことになります。

議会での反対がほぼなかったという点も見逃せません。修正案を出した会派も「義務化か努力義務か」という強度の問題を指摘したにとどまり、「そもそも歩行が主要な事故原因なのか」「条例の効果を事後検証できるのか」という根本的な疑問は、議会の場ではほとんど問われませんでした。

「弱者保護」「事故防止」という目的に対して異を唱えにくい空気のなかで、データの精査や検証可能性の確保が十分に議論されないまま条例が成立した、というのが実態と言えます。

広告

条例の効果は検証されているのか

条例の実効性と検証可能性についても大きな問題があります。

埼玉県条例の検証問題として、埼玉県のエスカレーター条例は「日本エレベーター協会が発表する全国の事故件数が多いこと」を根拠に制定されました。しかし日本エレベーター協会は都道府県別の事故件数を発表していません。そのため、埼玉県内の事故件数が把握できておらず、条例施行の前後で自県の事故が減ったかどうかを検証することができないのが実情です。

条例の実効性については、筑波大学の研究者が行った調査によると、埼玉県での条例施行直後は歩行者の割合が一時的に減少したものの、施行から約1年後にはほぼ元の水準(約61%)に戻ってしまいました。罰則なしの努力義務条例では、長年定着した習慣を変えることは容易ではないことが示されています。

一方、名古屋市については、「立ち止まりましょう」ではなく「両側に立ちましょう」と強調したことで、両側に立つ人が増えて歩きにくい環境が自然にできあがり、一定の効果が出たとされています。ただしこれは15年にわたる交通局の粘り強い啓発活動の積み重ねによるもので、条例単独の効果ではありません。

広告

国際的に見たエスカレーターの使われ方

推進側が「国際標準に合わせるべき」という論法を使うことがありますが、実際の国際的な状況は少し違います。

世界各国の大都市を見ると、片側空け・片側歩行が定着している都市の方がむしろ多数派です。ロンドン地下鉄では「右側立ち、左側歩行」が明確に奨励されており、急ぐ人に対して立ち止まっている人が道をゆずるのが当然とされています。香港、サンクトペテルブルグ、ソウルなど多くの都市でも片側空けの習慣が根づいています。
世界全体でエスカレーターでの歩行禁止条例を制定したり公的に歩行を禁止したりしている国・都市は、日本以外では主流ではありません。

また、ロンドンでは過去に輸送効率の観点から「歩行なしの方が輸送量が30%上昇する」というデータをもとに一部区間で立ち止まり実験が行われましたが、長距離・高速のエスカレーターが多いロンドン地下鉄の特性上、歩行禁止が定着するには至っていません。

広告

障害者・高齢者への配慮という論点を整理する

「片麻痺の人が右側につかまることができない」「高齢者が安全に使えない」という指摘は、それ自体は正当な問題提起です。

ただし、ここで整理が必要なのは以下の点です。

片側空けの問題と歩行禁止は別問題であるという点です。「右側を空けるという暗黙の強制」によって体の右側しか使えない人が追い立てられる問題は、「歩行禁止」ではなく「強要しない・多様な乗り方を許容する社会的意識の醸成」でも対応できます。

また高齢者の事故データを見ると、100万人あたりの災害発生件数は高齢者(70歳以上)が最も多く、主な原因は「乗り方不良」と「乗り損ない/降り損ない」です。これは高齢者がエスカレーターの乗降口でバランスを崩す問題であり、エスカレーターの速度や段差、エレベーターへの誘導など設備面での対応が根本的な解決策につながる可能性もあります。

さらに、特に問題になりやすいエスカレーターしかない場所・階段が少ない駅やビルでの状況を考えると、多くの健常者が移動できる状況の中で一律に歩行を禁止することが「弱者への配慮」として適切かどうかは、慎重に考える必要があります。混雑緩和のために片側空けを解消することで、かえって乗降口での混雑や、ホームへの人の滞留・転落リスクが高まるという指摘もあります。

障害者・高齢者への配慮は当然重要です。しかし「弱者への配慮」を名目にした規制が、実際のデータや効果の検証なしに進み、多数の人々の利便性や時間・ストレスのコストを一方的に負担させる構造は、「配慮」の名のもとに別の問題を生んでいると言えます。

広告

「場所・状況によるルール」が合理的ではないか

エスカレーターといっても、設置場所によって状況は大きく異なります。

たとえばショッピングモールやデパートの短いエスカレーターと、ターミナル駅の深い地下から地上へと続く長距離エスカレーターとでは、歩行の安全性も輸送効率への影響も異なります。コミックマーケット(40万人規模)では2008年の転倒事故を契機として「歩行禁止・2列利用」が10年以上定着していますが、これは「特定の場所・状況での合意形成」による成功事例です。

一律の条例によって「あらゆる場所でのエスカレーター歩行禁止」を定めることと、「場所・状況に応じた柔軟なルール形成」とでは、社会的なコストと実効性において大きな差があります。

「歩行禁止条例」の推進にあたり、事故データの精緻な分析、条例効果の継続的な検証、代替手段(エレベーターの整備、エスカレーター増設など)との比較といった手続きが十分に踏まれているとは言いがたいのが現状です。

広告

まとめ

エスカレーターでの歩行禁止をめぐる議論をまとめると、以下の点が浮かび上がります。

  • 実際の事故データ(日本エレベーター協会・第10回調査)では、事故の主因は衣類の挟まれ・高齢者の乗降時の転倒・履物・泥酔・キャリーバッグであり、「歩行」が主要因であることは明示されていない
  • 条例の根拠として使われた「乗り方不良が事故の主因」というデータは、歩行以外の多数の行為を含む区分であり、歩行単独の件数ではない
  • 埼玉県では条例制定にあたって自県の事故件数を把握しておらず、条例の効果を検証すること自体ができない状態にある
  • 条例施行後、埼玉県では約1年で歩行者の割合が元に戻った
  • 国際的には片側空け・片側歩行が定着している都市の方が多く、「国際標準は歩行禁止」とは言えない
  • 障害者・高齢者への配慮は重要だが、「片側空けの強要をしない」という意識の醸成と「一律の歩行禁止条例」とは別の問題として整理すべきである

「弱者保護」や「事故防止」は正当な社会的目標ではあります。しかしその名のもとに、データの精査や効果検証を経ずに規制が進み、多くの人の利便性が一方的に制限されることは、問題の解決ではなく「問題のすり替え」になりかねません。

エスカレーターでの歩行禁止が悪いというわけではありません。条例という社会的なルールにするにあたって、弱者への配慮を前面に出すことで、実態把握や効果検証などを行わずに、反論しにくい雰囲気の中で進められていくことが危険なことではないかと感じています。

本来必要なのは、事故データの都道府県別・原因別の詳細な公開、条例効果の継続的な検証、そして設備整備や啓発活動など多様な手段との組み合わせによる合理的な対応ではないでしょうか。

参考資料

障がい者におすすめの転職エージェント

障がい者としての転職をするのは抵抗があるかもしれませんが実際にどんな求人があるのか、どれくらいの給料でどんな条件なのかについてはサイトで確認することができます。

障害者の就職・転職ならアットジーピー【atGP】障害者の就・転職ならアットジーピー【atGP】

アットジーピー【atGP】アットジーピー【atGP】」は、障害者雇用のパイオニアとして、15年以上に渡り障害者の就職・転職をサポートしてきた企業です。会員登録をしない状態でも一般的な転職サイトのように障がい者向けの公開求人情報を確認でき、給料や条件を見れるのが特徴です。会員登録すると一般には公開されていない、優良企業の求人などもあります。

障害者の就・転職ならアットジーピー【atGP】

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします
あなたへのおすすめ